2014年8月27日水曜日

論理の展開

こんにちは。のま丼です。


今日は「論理の展開」についての簡単なお話です。


中学年生レベルの数学を使って説明します。


論理の展開を誤ると大変な結論になってしまうという、有名(?)な問題です。


それでは、参ります。




【問】
論理展開の間違っている部分を指摘してください。


a=b=1とします。

この条件より

a=b

両辺にaを掛けます。

a²=ab

両辺からb²を引きます。

a²-b²=ab-b²

この式をちょっといじります。

(a+b)(a-b)=b(a-b)

両辺を(a-b)で割ります。

a+b=b

つまり

1+1=1 ・・・???





なぜ、こんな結論になるかわかりましたか?



答えは一番下に書いていますが、まずは自分でよーく考えてみてください。



簡単な間違いですが、意外と学校の先生でもすぐにはわからないかも・・































【答え】
(a-b)で割ったところ。


【解説】
イコールの右と左を同じ数で割るのは問題ありません。

ですが、0で割ってはいけません。

a-bは1-1なので0です。

数字を0で割ると・・

1/0=∞
100/0=∞
∞/0=∞

こんな風にすべての答えが無限大になります。

ここで論理が破綻しています。

このように論理が破綻すると、1+1=1という訳のわからない結論が導かれてしまいます。





勉強になりましたか?

2014年6月23日月曜日

美しさの基準

こんにちは。のま丼です。


突然ですが、これ何かわかりますか。


 1:(1+√5)/2


わかった方はなかなか良い雑学ライフを過ごされていますね。


「数学ネタかよ・・」と敬遠したあなた! ちょっと待ちなさいって!


知らないと人生損するかもよ。


これはですね、知ってる人は知っている「黄金比」というヤツです。


具体的には、1:1.618...という数値ですが、


これが「世界共通の美しさの基準」なんです。


この比率を知らずして美しさを語ることはできません。


何かを見て「キレイ」とか「美しい」と思ったら、基本的にこの比率で構成された要素が隠れています。


ミロのヴィーナスも

モナ・リザも

パルテノン神殿も

ピラミッドも

葛飾北斎の富嶽三十六景も

金閣寺も

名刺やカード類も

A4用紙も

アップル社のリンゴマークも

Twitterのデザインも

初音ミクも


全部黄金比を知っている人が狙って作ったから人気があるんです。


変人ガリレオ先生も言っていました。「僕は美人に興味がある・・」。


先生曰く、美人には基準があるから興味があるのだと。


確かに美人も同じです。


骨格や顔のパーツ・体形がこの比率に近ければ近いほど美人とされています。


では、なぜ人はこの黄金比率を「美しい」と感じるのか?


それはこの黄金比が自然界で最も調和のとれた形だからです。


よく例に取り上げられるのが、「オウム貝の螺旋構造」「ヒマワリの種の配列」「松ぼっくりのカサ」「竜巻の渦巻き」などですが、要は自然界ではこの比率で存在することが最も安定した状態であることを、すべての物体が無意識的にわかっているからです。


そもそも、生命の根源であるDNAの二重螺旋構造ですら黄金比で構成されていますので、遺伝子レベルでこの比率で存在することを選択しているのです。


そうなってしまうと、もはや意識の範疇ではありません。


人は無意識に黄金比に近いものを「美しい」や「調和がとれている」と感じてしまう訳です。


ということで、皆さんこの黄金比を是非日常生活の中で役立てて下さい。


1.618・・は1.5倍よりちょっと長いくらいです。


1つ基準を設定して1.5+αの長さのものを設置すればいいんです。
(イメージが湧かない人はネットで「黄金比」の画像を検索して下さい。)


デザインはもちろん、漢字やアルファベットの文字を書く時、パワポで提案資料を作成する時、部屋のインテリアの配置、服の丈やベルトの位置など、わりと何でも使えますよ。


最後に、実は黄金比には劣るものの、黄金比に次いで美しい基準とされる「白銀比」というものもあります。これは日本独自の比率とも言われていますが、次回はこの「白銀比」を題材に日本人の感性を考えてみたいと思います。
















2014年5月13日火曜日

日本人が自己主張をしない本当の理由

こんにちは。のま丼です。


本日の記事はサラリーマン必見。


「日本人が自己主張しない本当の理由」を紹介します。



学生や主婦の方も是非チェックしてください。


グルーバルな社会で生き抜くためには知っておいて損はないはずです。





と、その前に・・・


以前にアップした記事の中で、発言しないことは非常に危険であることを紹介しました。


「沈黙は金?」

http://nomadon.blogspot.jp/2013/12/blog-post_9753.html


当然私も発言することを推奨する立場で記事を書きましたが、発言できない理由についての議論が成されていませんでした。


今回はその反省も含めて、「できない理由」に焦点を当ててご紹介します。






それでは始めます。





世界的に見て日本人が自己主張しない民族であることはご存知かと思います。


今のグローバルな時代では仕事上、外国人と意見を交わす機会は多く、活発な議論をしていかなければなりません。


なのに、日本人は自己主張をしない・・ 困ったものだ・・


と、外国人は考える訳ですが、それもそのはず。


アメリカ人は「沈黙は無能」と考える文化の中で育ち、フランス人は「沈黙は同意」と考える文化の中で育っているのです。


これらの民族にとって自己主張しないことは、「百害あって一利なし」と考える文化的背景がある訳です。


自己主張しないと損なのにそれでも日本人は自分の意見を言わない。


日本人に「なぜ発言しないのか?」と尋ねても明確な答えが返って来ないので、「日本人はシャイだから発言出来ない」というのが世界の共通認識です。




しかし、それでも自己主張をしない日本人には、自己主張を「是」としない文化的背景があるのです。



決して日本人が「シャイ」だからではありません。百歩譲って、そういった文化的背景によって日本人のシャイな性格が形成されてしまっているのです。


ではなぜ、日本人が自己主張をしないことに関して、説得力のある説明が出来ないのかと言うと、
その文化的背景があまりにも昔からどこにでも存在する為、日本人にとってあたりまえ過ぎること(アプリオリな概念)であり、うまく説明出来ないのです(DNAに組み込まれていると言っても過言でないレベルです)。


例えて言うなら、1+1がなぜ2になるかを説明するようなもので、ほぼ哲学的な問いに答えることと同義です。


という訳で、日本人は自己主張出来ない明確な答えを持ち合わせていないことから「シャイな日本人」に甘んじているのですが、本当はそうではないのです。






それでは、「本当の理由」を説明しますが、理由となる文化的は背景が昔から存在すると言っている以上、歴史を振り返ってみる必要があります。



(余談ですが、以下で説明する歴史は小学校の歴史の教科書に載っているレベルのものです。歴史の勉強の役立て方の一つとして受け入れて頂ければ幸いです。)




実はこの文化的背景を形成する歴史的事実の中で最も影響力があったのは、





 「仏教伝来」 です。



これがすべての始まりと言っても問題ないと思います。





それでは「仏教伝来」がいかに現代日本人の文化的背景に影響を与えたか見ていきましょう。


西暦552年、百済(当時の朝鮮半島の国)の聖明王が日本に使者を送り、当時の天皇(欽明天皇)に仏像や経典などを献上したことが、仏教の公伝とされています。


※538年との説もあり。民間ではもっと早く伝わっていたそうです。←ここテストに出るよ(笑)


ここで重要なポイントは(テストに出るところではなく)朝鮮半島から伝わったということです。


もともと仏教はインドが発祥ですが、伝来のルートとしてまず中国に伝わり、朝鮮半島を経て日本に伝わりました。


これが非常にマズかったのです。


中国には「孔子」を起源とする「儒教が紀元前の昔から存在しました。


儒教は東アジアの各国に莫大な影響力を持ち、その信仰は拡大して行きました。


当然、朝鮮半島もメインの宗教は儒教でした。


(※一応補足しておきます。儒教は思想や考え方が中心で他の宗教とは若干異なり、宗教ではないとも言われています。)


そんなところを経由して伝わった仏教は、もはや本来の仏教とかけ離れたもので、西暦552年に伝わったのは「仏教のエッセンスを取り入れた儒教」だったのです。


西暦513年に日本に「論語」が伝わっており、それが儒教の伝来とされていますが、仏を信仰対象とする形で伝わった「仏教のエッセンスを取り入れた儒教」は非常に受け入れやすかったのでしょうか、以前に伝わった儒教を吸収して「仏教」という形で日本の知識人に受け入れられ、政治や経済に利用されるようになります。


この時伝わった儒教が、今日まで残る日本人の文化的背景の基盤を形成しました。


その中で最大の影響力を持った「上下の秩序」という考え方です。


この考え方は「人は皆平等であるという意識」を無くしの差別的意識を助長することにも繋がりましたが(この辺りのことはまたに機会に詳しく紹介します)、ともかく、国民が自らの立場や位を認識し、位や年齢の人に逆らわないようにすることが、天皇を中心とする国家にとって統治しやすかった訳です。


こうして、この体制が政治の場から家庭にまで浸透し、日本人は自らの地位を相対的に認識し、それに応じて意見を言ったり、主張できる環境が極端に制限されるようになりました。


・目上の人が絶対である。
・目上の人に意見を述べることは恐れ多い。
・目上の人に従うことこそが美徳である。
・位や年が下の人間は、上の人間に従うことが当たり前。
・位や年が下の人間が、主張することは許さない。


こういった考え方を共通の認識とするコミュニティーにおいて、議論や自己主張といった行為は相手の批判に繋がりかねない為、到底受け入れられません。あるのは上から下への一方的な命令だけです。


下の人間は自らの意見を正しいと信じて主張したいことがあったとしても、そもそも上の人間に対して主張すること自体が失礼に当たるのに、その主張が間違っていようものなら何を言われるか・・


他にも、上の人間から批判や指摘されたことについては、弁解の余地はないものとされ、下の人間が正当な理由を述べてもただの言訳にしかなりません(今でもよくありますよね)。



これが日本人が自己主張をしない文化的背景を形成した最大の要因です。





補足的な要素としてもう一点例を挙げるなら、聖徳太子が制定した「十七条憲法」なども要因になりうるかもしれません。



条文にはこう書かれています。



【第一条】

「一に曰く、和を以て貴(とうと)しとなし、忤(さから)うこと無きを宗とせよ(以下省略)」


意味としては「調和を重要視して、道理(上からの命令)に逆らったことはするな」といったところでしょうか。


これは孔子の「論語」から完全にパクった一文で、「儒教」を推奨している文です。

【第二条】

「二に曰く、篤く三宝を敬え。三宝とは仏・法・僧なり。(以下省略)」

第二条では、急にコロッと変わり「仏教」を敬えと言い出します。

この辺りからも、仏教と儒教を混同して認識していることがわかります。

まあ、そこはおいといて・・次の三条は重要です。

【第三条】

「三に曰く、詔(みことのり)を承りては必ず謹(つつし)め。君をば即ち天とし、臣をば即ち地とする。(以下省略)」

「天皇の命令には必ず従え。天皇は天であり、臣下は地である。」という意味です。

この条文によって上下秩序の頂点が明確化され、それ以下の人間には絶対服従が命じられました。



こうして、調和を目的として逆らうことが許されず、人の上に人を作り人の下に人を作った憲法が制定され、自己主張など到底許されるはずのない社会を法的に作ってしまいました。



このような法整備もあって、自己主張を「是」としない文化形成を促進していきました。







仏教に名を借りた「儒教伝来」から約1500年、上下秩序を前提として育まれた文化は、先にも述べた通り現代日本人のDNAにしっかり刻まれていることでしょう。




現代のグローバルな社会において主張や議論が重要なことは誰もが認めるところです。



しかしそれは、飽くまで頭で理解しているから納得するだけです。



あなたは(特に上司や先輩に対して)自らの意見を主張する際、何か心に引っ掛かるものはありませんか?


あなたは(特に部下や後輩から)意見を言われることに、何か心に引っ掛かるものを感じませんか?




それこそが今回の題材の「答え」なのです。










最後に。

この記事は完全に私の自己主張です。

主張は議論されなければなりません。

皆さんのご意見をお待ちしています。

2014年3月31日月曜日

パチンコ業界の雑学 ~黙認されてきたギャンブルの歴史①~

皆さん、ご無沙汰しておりました。のま丼です。


今日は、パチンコに関する雑学をご紹介します。


なぜ、パチンコという賭博行為は摘発されないのか?


そもそも、日本中どこにでもパチンコ屋はありますが、なぜあんな賭博行為をしている店が商売としてまかり通っているのか疑問に感じませんか?


博打御法度の日本では、国会ではカジノ法案の可否に関して喧々諤々の大論争が起こっているのに、パチンコ屋はシレーっと営業できてしまうこの矛盾。おかしいと思いませんか?


今回は、この問いに答えたいと思いますが、これにはまずパチンコの歴史を振り返ってみる必要があります。


現在のパチンコは戦後の復興の中で生まれました。戦前もそれっぽいのはあったようですが・・


当然、当時のパチンコ屋も警察が所管する法律の規制にも基づき換金行為は禁止されおり、景品としてタバコやガムを交換していました。


ところが、戦後の混乱期な中、「そこらで勝手にやってる博打が摘発されないのに、パチンコだけ換金できないのはおかしい」と思うのは当然です。


そもそも換金できないギャンブルなど誰もやりません。


そこで登場するのがお決まりの暴力団です。


パチンコ屋で交換したタバコを裏口の持っていくと、パンチパーマにスラックスのおやじ(これは勝手なイメージです)がコッソリ換金してくれた訳です。


まあ当然、これは警察も知っています。


ですが、当時の社会の風潮は暴力団も一つの必要悪として認識しており、パチンコ屋も金銭を賞品として提供してはいけないという法律を守っていたので、警察も直ちに取り締まるわけにはいきませんでした。


こうしてパチンコ屋は暴力団と密接に関わりながら発展していきます。


ところが、時は経ち、焼け野原だった日本は「もはや戦後ではない」と言われるまで奇跡の大復興を遂げました。このころになると社会も繁栄し、企業は暴力団を利用しなくても十分利益を出せるようになってきます。


そうなってくると、「暴力団などといういかがわしい組織は必要ない」と手のひらを返したように社会の風潮が変わってしまいます。


おおよそ1960年代から暴力団排除の世論が強まり、これに向けて警察も動き出します。


当然、パチンコ業界も暴力団排除の為の改革を行いました。


それは換金方式の変更です。


パチンコ業界は1961年に大阪で始まった「三店方式」を取り入れました。


【三店方式の流れ】
①パチンコ屋は客に特殊景品を提供する。

②景品買取所は客から特殊景品を買い取り、現金を提供する。

③景品卸問屋は景品買取所から特殊景品を買い取り、パチンコ屋へ卸す。

④パチンコ屋はけ景品卸問屋から特殊景品を買い取り、①に戻る。

【三店方式のメリット】
①特殊景品の流通経路に景品卸問屋を挟むことにより、パチンコ屋は買取所との直接取引を行わない為、パチンコ屋が買取所に換金委託を行っていない形をとれる。

②景品買取所は特殊景品を「商品」として仕入れ、販売が可能。パチンコ屋が破綻しない限り取引先も安定している為、自身で存続できることから、パチンコ屋は暴力団と取引することなく継続的に換金行為を任せることが出来る。

③景品買取所に戦争未亡人などを雇用(仕事は客が持ってきた景品を換金するだけなので非常に簡単。雇うのは誰でもよい。)することにより、謳い文句に「社会福祉」掲げて活動できる。



当時、大阪府警は、この方式の導入により、最大の目的である暴力団排除が実現でき、かつ社会福祉にも貢献することから、事実上換金行為を黙認しました。



「三店方式」はの優れている点は、風営法の規制だけではなく、一部の都道府県の条例で規制されている「景品を買い取らせる行為(買取委託)」にも抵触しないことです。


この方式は「スタンダードかつ理想的な換金モデル」として全国的に広まり、今ではほとんどのパチンコ屋がこれを採用しています。




これが、パチンコの換金行為が摘発されない基本的な理由です。




ですが、警察の立場はあくまで「黙認」です。


「三店方式」は表面上法律に抵触しない形をとってはいますが、事実上換金行為を行っているのは明らかであり、警察庁「この仕組みは合法だ」とは絶対に言いません。


その気になれば警察は摘発の乗り出してくる可能性もあるわけです。



このように、パチンコ業界とは換金という非常にグレーな問題を抱えつつ存在しています。

20兆円産業のと言われるこの業界も、その終焉はすぐそこにあるかもしれません。

2014年3月12日水曜日

本当に不謹慎なのは誰か?

こんにちは。のま丼です。


昨日は、3月11日。

誰もが知っている東日本大震災の日。

多くの国民が亡くなった方々の冥福を祈る中、ネット界ではちょっとしたトラブルがありました。


それは、「3月11日に誕生日を祝うのは不謹慎」という主張があり、それが世論になりつつあったということです。



遺族の方からすれば3月11日は憎き日、国民全体でも死者へ黙祷を捧げると共に、天災の恐ろしさを振り返り、将来の為に防災の必要性を再確認する身の引き締まる1日だったはず。


そんな中、3月11日はおめでたい日として周りで囃し立てられれば、当然腹立たしく、「不謹慎」とも感じるのも無理のない話です。



しかし、反論派は

「元旦は弥彦神社で124人が圧死した日」

「ひな祭りは昭和三陸地震で3008人が亡くなった日」

「七夕はサイパン島玉砕の日」

などの例を挙げ「同じ理屈だとこれらの日を祝うも祝うのも不謹慎にあたる」として反論を繰り広げています。




あなたはどう考えますか?



私は前者の意見には同意できません。



後者を擁護する一般論は以下のようなものでしょう。

・その日に生まれた本人に罪はない。
・誕生日は唯一無二のかけがえのない日であり、ほかの出来事に左右されるものではない。
・過去を振り返り続けたら、すべての日を悲観的に捉えなければならない。



私の意見は少し違います。


私が前者に同意できない理由の一つは、前者の主張は自身の感情に焦点があり、批判される側への配慮が感じらないことです。


もう一つは、遺族をなくす悲しみは何ものにも代えがたいことは理解しますが、他者を批判してまで自身の感情に同調を求める行為は、自分を可愛がり過ぎているのではないかとも思えるからです。

しかし、最大の理由は、過去に固執し過ぎている意見だからです。


前者は、自身や世間の悲観的な感情に他者を巻き込もうとする考えの上に成り立っており、将来を考えた建設的な意見ではありません。


過去は忘れてはいけません。


しかし、過去に固執し過ぎては、将来の発展はの望めません。


一番大切なのは、過去に向き合い、過去を反省し、同じ過ちを犯さないために今を生きる我々が何をすべきかを考えることです。




歴史を学ぶ大切さはこの為にあります。



この考えを1つの雑学として、覚えて頂ければ幸いです。

2014年2月21日金曜日

終わらないコンテンツ

こんにちは。のま丼です。

今日は急に普段と違う雰囲気を出してみたくなったので、文調を変えてみたいと思います。





諸君、如何お過ごしだろうか。


本日は、この手記の目的、即ち『雑学ライフ』のコンセプトを紹介しようと思う。



ブログで扱う題材がなぜ『雑学』なのか。



雑学の有用性については既に


『雑学の知識は役に立つのか?』
http://nomadon.blogspot.jp/2013/12/blog-post_18.html

で述べた通り、その効用は理解頂けたかと思う。



しかし、有用性があるからといってそれがブログで取り扱う理由には成り得ない。


私はこのブログを始める前は、常々何を題材にするかモンモンと悩んでいたのだが、ある時、一つの単語に興味を持った。



その単語とは、「オワコン」だ。



ご存じの通り、オワコンとは「終わったコンテンツ」を指す言葉である。


危うく辞書にも載りそうになったこの言葉は、栄枯盛衰、盛者必衰、日本人の持つ「無常観」を示すが如く、日夜目まぐるしく変化するこの情報世界に於いて、バッサリと「オワタ」の烙印を押す。


 

「このブログは終わってはならない!」





そこで、『雑学』が登場する。



雑学は古今東西ありとあらゆるものを取り扱うことが出来る。



また、この情報世界に蔓延る流行りや小手先のテクニックで仕上げられた知識と異なり、一歩引いた目線から物事を捉え、万物に批判を浴びせる事さえ可能となる。



ややもすると、原理主義的な様にも捉えられがちではあるが、逆に考えると、そこには一生モノの知識が存在することになる。



このブログに於いて私は、飽くまで「基本的」にという前置きが付くものの、「普遍的な知識や考え方」を紹介したいと考える。



勿論そこには私なりの考え方が存在する為、(意図的にという場合も含めて)客観性からかけ離れた捉え方をしているケースもあるだろうが、それはそれで紹介する過程を楽しんで頂きたい。



という訳で、この『雑学ライフ』が目指す形は「終わらないコンテンツ」である。



十年後、二十年後、諸君らが「おッ!どっかで見たな。」などと言いながら、再度このブログを訪れてくれることを願って止まない。


欲を言えば、五十年後、校庭で書物の代わりにiPadを持った二宮金次郎像がこのブログの記事を読んでいてほしいものだ。





【余談】

ところで、「オワコン」に対抗して「終わらないコンテンツ」示す言葉は何かないものか・・


(ブログのサブタイトルあたりで使いたい)


今のところ、これといった言葉は存在しないらしい。


巷では、「トレンド」という言葉が候補に挙がっているそうだが、私が目指すところの終わらないコンテンツ」とは馴染まない。


では単純に「エンドレスコンテンツ」というのはどうだろうか。


略して「エンコン」!


えんこん・・・ 


怨恨・・・


響きが悪い(-。-)


良い案があれば是非コメントを!





2014年2月12日水曜日

「幸せ」の漢字が「辛い」よりもっと辛い件

皆さん、こんにちは。のま丼です。


今日は雑学らしい雑学をご紹介するのと合わせて、一つ注意喚起を行いたいと思います。




皆さん、「辛い」という漢字を思い浮かべて下さい。

この字に「一」を足すと、「幸せ」という字になります。

「辛い」と「幸せ」は紙一重なんです。



あと一歩・あと一つの勇気を持って前に踏み出しましょう。

どんなに辛い状況でもきっと「幸せ」になれるはず!




と、金八好きの教師が言い出しそうですね。

Twitterでも「心に響くいい言葉」的なbotがのたまってますが、




ここは「大変ぬるいお言葉ありがとうございます」と、言っておきましょう。




雑学ライフ運営者としては、語源も知らずに思いつきで語ってるヤツは、バッサリ行かしてもらいます。



漢字の語源には恐ろしい成り立ちを持つものもたくさんあり、安易に「字」自体を語るというのは非常に危険な行為です





「幸」という漢字は特に危険です。


この漢字の成り立ちは、拷問の道具です。



真ん中の「口」部分が、手足を入れる穴、上下の「土」部分が入れた手足を締めるネジを表しています。



では、なぜそれが「しあわせ」なのでしょう?



それは「拷問までで助かった。死刑じゃなくてよかった。」という感情です。


このホッとした感情をから、「幸」=「happy」をなった訳です。




本来の意味から考えると、「幸(拷問)」の辛さに比べたら、普通の「辛い」という感覚の方がよっぽど幸せですよね。




といった形で、最初の語りは完全に間違った方向に人を導いています。



皆さん、くれぐれも「字」について語る際はご注意を!








2014年2月7日金曜日

役に立つ数学 ~ゲーム理論②~

皆さんこんにちは。のま丼です。


先日、

「役に立つ数学~ゲーム理論①」
http://nomadon.blogspot.jp/2014/02/blog-post_2.html

で、ご紹介したゲーム理論に関する続きです。



ちょっとお待たせしてしまいましたね・・



今日は、現実社会で起こっている事例を用いて、ゲーム理論を紹介します。



まずは問題にチャレンジしてください。
ゲーム理論は考えることが最も大切です!




※ついさっき、シュークリームを食べたので、こんな問題を考えてみました。



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【問題】

・シュークリームがうまいと評判の町がありました。

・あなたはシュークリームの「シュー(皮)」を作る職人です。

・「シュー」を作れる職人はあなただけです。

・シュークリーム用の「クリーム」を作っている職人は10人います。

・当然、「シュー」だけでも「クリーム」だけでも商品にはなりません。

・クリーム職人は毎日1人が1個買いに来ます。

・あなたは普段「シュー」を1個30円で売っています。

・あなたは今日、「シュー」を10個作りました。

・ところが、昨日クリーム職人が結託して「シュー」を安く手に入れるためにの策略を考えていました。

・今日「シュー」を買いに来た職人10人は口を揃えてこう言いました。

 『1個10円で買ってやる。売れないよりはいいだろう。』

・あなたは最低でも1個20円で売りたいと考えています。

・さてあなたはどうしますか?

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さあ、どうでしょうか。


当然、答えは一つではありません。


前回も言いましたが、自分が持っている情報から最良の選択肢を選ぶことが大切です。





以下は、私なりの解答です。






【解答例】

作った「シュー」を1個捨てて、こう言います。

『1個40円で売ってやる。買えないヤツは損するぞ。』

※もったいないので、自分で食べるのもアリです。



【解説】
選択肢の例
①クリーム職人の意見に従う
 この場合の売上高100円(平常時より200円減)

②値下げして20円で買って貰えるよう交渉する。
 この場合の売上高200円(平常時より100円減)
 

③1個捨てて40円で売る。
 
 この場合の売上高360円(平常時より60円増)
 



これはゲームの特徴は、自分の置かれた状態が急激に変化することです。

ピンチを逆にチャンスと捉える選択肢を見つけられるか否かがポイントです。

解答例では、供給する数を減らすことにより、需要を増加させることを選びました。

こうすることで、損をするのが嫌なクリーム職人は、高値でも買わざるを得ない状況を作り出すのです。







ビジネスではこういった状況によく遭遇します。

企業は常に需要と供給のバランスを意識して活動しています。

供給数を減らし希少価値を上げるのも1つの戦略です。




需要と供給についてはもっと逼迫した事例があります。


それは野菜です。


野菜は1割作り過ぎただけで供給過剰になり、通常の半値以下の価値になることがあります。

逆に、天候が悪く生産量が1割少ないだけで価格が高騰し、たまに「キャベツ」が1玉400円とかになったりします。

農家は供給過剰になった場合、それが赤字であったも売らざるを得ない状況も十分にあります。

また、売値が輸送代金に満たない場合は、一定量を捨ててしまうこともあります。

※この場合、問題とは状況が違い、捨てることがプラスにはなりません。
 
 
自分が捨てても競合農家の出荷量が増えるだけで、市場にある野菜の量が変化しないからです。





このような事例から、ビジネスにおいて「生産調整」や「在庫調整」の重要性をご理解頂けたかと思います。





ゲーム理論はこういった状況を考えるのには大変役立ちます。

逆に、ビジネスには不可欠と言ってもいいでしょう。

これを機会に、皆さんも是非ゲーム理論を学んで頂ければと思います。






上記の問題では、ゲーム理論の考え方でピンチをチャンスに変えることができました。



しかし、



皆さんは野菜市場の問題について、この状況を打開する選択肢を見つけることができますか?




良い選択肢が見つかれば是非コメントをお願いします。






<今回の参考文献>
『ゲーム理論トレーニング』かんき出版

2014年2月2日日曜日

役に立つ数学 ~ゲーム理論①~

皆さんこんにちは。のま丼です。


最近、記事が文系ネタに偏っている気がするので、今日は理系ネタを1つご紹介します。



皆さんは数学は役に立つと思いますか?



Twitterでは



 画像は@omoboibotbotさんのツイートより
 ※リンクがうまくいかなかったので画像を張らせて頂きました。


こんな感じで批判されているネタをちょいちょい見かけます・・・



数学の問題は日常生活からあまりにもかけ離れ過ぎていて、役に立つ状況が想像できませんよね。



そもそも数学者の目的は「数字を使って首尾一貫した理論を作ること」なので、役に立つとか立たないとかはどーでもいいと考えているそうです。



なので、教えている先生も受験勉強に必要だから教えている訳で、数学が実際に役に立つかどうかはわからないのです



ちなみに、ノーベル賞に数学賞はありません。役に立たないと思われているからです。
(一説によるとノーベルの恋敵が数学者だったからとも・・)



しかし、


数学がこんな状態では、必修科目として勉強させられている学生のモチベーションに関わるので実践的で役に立つ数学を紹介します。





それは「ゲーム理論」という数学です。

この数学はちょっと変わっています。


説明は後ほど・・



まずは、この問題を考えてみてください。
※注 問題を「解く」のではありません。



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【問題】
囚人AとBが逮捕されました。

2人は犯罪の共犯者だと疑われています(実際に2人は共犯者です)。

今2人は拘束され、互いに相棒と隔離されています。

検事の取り調べに対して相棒がどんな対応するのか互いにわかりません。

検事は2人の囚人に以下の条件を出しました。



 条件①2人とも黙秘すれば、懲役1年ずつ。

 条件②2人とも自白すれば懲役2年ずつ。

 
 条件③1人が自白し、1人が黙秘すれば、自白した者は釈放。
      黙秘した者は懲役3年。



あなたが、囚人Aならどうしますか?

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これは非常に有名な問題なので見たことがある人もいるかも・・
見たことがある人も是非解説を読み返してください。
解説はちょっとアレンジして私なりの意見を書いています。




【答え】
明確な答えはありません。




【解説】
(1)相手が黙秘した場合

 
 
 
 
 黙秘→懲役1年
 自白→懲役0年

よって、自白が有利。



(2)相手が自白した場合

 黙秘→懲役3年
 
 自白→懲役2年

よって、自白が有利。



(1)(2)より、相手が「黙秘」「自白」のどちらを選んでも、あなたは「自白」が有利になります。

よって、答えは「自白」を選ぶ。



とはなりません・・・



(3)相手はあなたの相棒です。
あなたが出所後も相棒とタッグを組み続けたいと考えている場合はどうですか?

この場合、相手の刑期も考える必要があります


自分と相手の刑期のトータルは

 互いに黙秘→懲役合計2年  が一番短くなります。


よって、あなたは「黙秘」を選ぶべき。



(3)´しかし、相手はあなたと同じことを考えているとは限りません。
相手が裏切って「自白」を選んだ場合、あなたが「黙秘」を選ぶと最大の不利益を被ります。

 あなたが自白・相手が黙秘→あなたの懲役は3年


よって、あなたが「黙秘」を選択することはハイリスク・ハイリターンであり、互いの信頼関係を勘案する必要がある。



(4)あなたが犯罪組織のボスなら

 
 あなたは、必然的にあなた個人のことだけを考える訳にはいきません。
 

 しかも相手が「自白」を選ぶ可能性は少ない(これを選ぶと出所後シバかれます)。

よって、黙秘が有利。


(5)結論
あなたの立場や相手との関係性により、あなたが選択すべき答えは変わる。






これは「囚人のジレンマ」という(古典的な)問題です。

数学の問題でこんな結論見たことありますか?

数学の問題は「答えは一つ」か、「わかっている答えを証明する」のが基本ですよね。




しかし、実際の社会はこんなもんです。

日常生活や仕事で「答えが一つしかない」ことや「答えがわかっている」ことはほとんどありません。

日常生活や仕事では、自分が持っている情報から良の選択肢を選ぶしかないのです。





この手助けをしてくれる数学が「ゲーム理論」です。



ゲーム理論は、元々はチェスの戦略を考えることから発展し、フォン・ノイマンという数学者が体系化した、戦力的意思決定を扱う理論です。



「ゲーム」といっても当然遊びではありません。



2人以上が参加し、選択肢が複数あれば理論の対象です。



この「ゲーム」に関して、「合理的で最も効率のよい選択肢を選ぶ為の理論」と捉えて頂ければ問題ありません。



このゲームは扱う範囲が非常に広く、経済学・経営学・心理学・社会学・政治学等に応用され、日常生活や仕事・スポーツの戦略にも役立ちます。


【日常生活での利用】
・仕事の戦略や交渉。
・株式などの投資やギャンブル。
・友人との付き合い方や恋愛。
・スポーツやオンラインゲームなど、いわゆる「ゲーム」にも。
・人生哲学や人生設計の指針。
・勉強や学校、仕事の選択。


要するに何でも使えます。



大学の専門分野以外、学校で教わることはありませんが、トレーニング用の著書がいくつかありますので、是非読んで頂きたいと思います。



著書のほとんどが考え方のトレーニングなので、難しい知識は必要ありませんし、日常の選択肢が題材として取り上げられているので、すぐに役立ちますよ。



最近では入社試験で出題されるケースが多く、就活にも役立ちます。




何となくでも役に立つ数学理論があるこは理解して頂けましたか?




個人的には数学でもこの分野を学校で教えるべきだと考えています。
ちょっと特殊な分野ですが、そのほうが学生が勉強に興味を持ちやすいのでは・・




今回はゲーム理論の簡単な説明でしたが、具体性という点ではまだ説明が足りず、まだこの理論の有用性を理解頂けてない方もいるかと思います。



次回は、もうちょっと具体的問題を紹介したいと思います。



最近、ブログのアップする頻度が遅いと言われてますので、自分自身にプレッシャーをかける意味でも、2、3日以内に頑張ります。




それでは皆さん後ほど・・




2014年1月26日日曜日

受験生必見!知る人ぞ知る学問の「仏様」。

こんにちは。雑学ライフの「のま丼」です。今日は「仏頼み」のご紹介です。


受験生の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。


センター試験も終わり、各々の希望校に向けてラストスパートといったところですが、やるべきことをすべてやっても不安になってしまう方々も多いのでは・・・


この時期になると大抵の方々は「神頼み」を始めます。


当然です!


試験には運の要素は付き物ですし、不安を感じない人はいません。


そこは、普段信仰心の少ない日本人でも、神頼みで何とかなるなら何とかしたいところ・・・


では、どこにお参りしましょうか。


まず始めに思いつくのは、学問の神 菅原道真(すがわらのみちざね)を祭ってある太宰府を中心とする「天満宮」ですね。


確かに、菅原道真は「天神様」として受験生に大人気の神様です。


「天満宮」の名前の付く神社はすべて菅原道真が祭神です。


全国各地にあり、お参りしやすいのも特徴です。




ところが、よく考えてみてください。


「菅原道真」は元々人間なんです!



道真が神になった歴史的な経緯は以下の通りです。



【道真が神になった経緯】
・宇多天皇に重用され右大臣まで出世。

・左大臣藤原時平の陰謀により、大宰府に左遷される。

・道真、志半ばで死亡。

・その後、朝廷に落雷等の天変地異が多発。

・「もしかして、道真の祟りじゃね?」

・「マジで!道真、別に悪いことしてねーのに飛ばされたから、多分激オコだぞ!」

・「じゃあ、許してもらうために祭っとこ。」

・「何の神にする?」

・「落雷(ナルカミ)の技使ってってたから、キルアじゃね?」

・「キルアは殺し屋ですけど・・」

・「じゃあ、とりあえず雷神ってことで・・」









・こうして道真は「天神様」として祭られます。

・その後、災害の記憶が薄れていき、生前、道真が賢かったことから「学問の神」として信仰されるようになりました。




ということで、しょうがなく朝廷の人々が道真を神様にしてあげた訳です。



ですので、「菅原道真」は「学問の神」でもなければ、そもそもは「神」でもなっかたのです。




というわけで、天神様へのお参りは「元々は人間」「お参りの競争率も激高」あり必至の受験生からするとご利益に一抹の不安があるのでは・・・と、私は思ってしまうのです。





そこで、先日、


「桁外れの記憶力を得る方法」
http://nomadon.blogspot.jp/2014/01/blog-post_17.html


でご紹介した「虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)」にお参りしてみるのはいかがでしょうか?


先日紹介した「方法」は半分冗談でしたが、この「仏様」自体はなかなかのものです。


【虚空蔵菩薩】
・原名はアカーシャガルバ
・この世界にあるすべての知識や宝物(智慧や福徳)を蔵する菩薩
・虚空から無尽蔵に取り出した宝物により、人々のあらゆる求めに応じることができる
・大日如来の智慧や福徳を具体的に人々にもたらす
・密教では記憶力獲得秘術の本尊とされ、秘法「虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)」は空海、栄西、日蓮など名だたる僧侶が修行した





知る人ぞ知る学問の仏様」といったところでしょうか。


仏様ランク的には「菩薩」は「如来」に次ぐ2番手です(如来→菩薩→明王→天部)。


しかも、菩薩以下の仏は、「一旦、如来の境地に達したけど、民衆の祈りに応えるためにわざとランクを下げている」という奇特な方々です。


そもそも、仏様は人々を救うのが目的ですし、日本独自の神様に比べて、仏様はキリスト教やイスラム教と戦っている世界ランカーです。



ご利益は比較にならないのでは・・・



というわけで。



一般の受験生は「神頼み」で神社に行きますが、皆さんは通な受験生として「仏頼み」でお寺にお参りしてみるのはいかがでしょうか(虚空蔵菩薩は全国各地のお寺に祭られているみたいですよ)。



ただし、仏に頼んでも勉強は怠らないように!










2014年1月20日月曜日

信号の青は緑色じゃないの?

えー・・・この話題は普通過ぎてあんまり気が乗らないのですが、

先日、私の友達とこんな会話をしてしまったもので・・・




T君:「最近の信号って見やすいよな」

のま丼:「LEDだしな」

T君:「でも、信号の青っておかしいよな?」

のま丼:「何が?」

T君:「あれはどー見ても緑だろ!」

のま丼:「今さらかよ」「緑は青なんだよ!」

T君:「は?」「意味わからん」

のま丼:「じゃあ、今度ブログで説明してやるから見とけ!」




と、勢い余って言ってしまいました。


なので、しゃーなしです。



【青の雑学】

「青」は古来からの日本語で、「緑」はもともとは外来語(中国語)です。


古来の日本語の「青(あを)」の持つ色彩の範囲は非常に広範囲です。


一般的に、「緑~青紫」くらいの範囲を「あを」という言葉で表していた言われています。


地方によっては「あを」の言葉は黄色も意味していたそうです。





つまり、日本人にとって緑は青の一種なのです。





なので、信号は赤と黄色と青 で  s ・・・




・・・違いますね。




信号は「赤」と「青」と「青」です!










2014年1月17日金曜日

桁外れの記憶力を得る方法 (虚空蔵求聞持法)

受験生諸君、まもなくセンター試験ですね。

日夜勉学に励まれていることと思います。



当然、そうでない方も・・

そんなあなたに朗報です!



今日は、「世界一の記憶力増進法」をご紹介します。


この方法は718年に日本に伝わった密教の秘法で、名前を「虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)」と言います。 弘法大師空海も実践したことで有名です。


この秘法を会得すると、ありとあらゆる経典の暗記と理解ができ、頭脳は明晰、どんな願いでも意のままに叶えることが可能です。


何としても会得したいと思いますよね。


簡単です☆ 以下のプロセスを実践するだけです。




では、会得の方法をご紹介します。




修行中は「黄色い浄衣を着る」とか「酒はダメ」とか「特定の乳製品の入った銅器を混ぜながら・・」とか、心得がいくつかありますが、現代人の我々には難しいので、この際それは無視しましょう。



基本的には、

まず、東・西・南が開けている静かな場所を選びます。

次に、虚空蔵菩薩の真言「ナウボウ・アキャシャ・キャラバヤ・オン・アリキャマリ・ボリ・ソワカ」と唱える。




以上です。 ね、簡単でしょ?




但し、二つだけ条件があります。

一つ目、100日以内に100万回唱える。

二つ目、唱え終わった日が日食か月食に当たっていること。




余裕ですねwww




まあ、空海さんは当時大したことなかったんで、8回ほど失敗したそうですが・・

現代人の我々にしてみれば、こんなもの全然余裕ですwww





あっ・・ちょっとセンター試験には間に合わない知れませんね。

二次試験にまでには何とか・・








失礼しましたm(__)m


受験生はこんなくだらないブログ読んでる暇があったら勉強してください。










2014年1月12日日曜日

「やりがい」とは何か?

皆さん、明けましておめでとうございます


年末年始はブログの更新をサボってまして申し訳ございませんでした。


今日は新年の一回目なので、皆さんに是非知ってほしい雑学をご紹介します。



【やりがいの雑学】

皆さんは「やりがい」って何だと思います?


「この仕事はやりがいがある」とか主に仕事に関して使う言葉ですよね。


何となく使っている言葉ですが、明確なイメージが湧かないのでは・・


一般的には、仕事のモチベーションを上げる要因の一つが「やりがい」といったところでしょうか?



では、この「やりがい」の実態を明かしていきたいと思います。



以下は、アメリカで行われたとある実験を分かり易く要約したものです。



【実験】
・被験者は大学生。

・被験者はA組B組の二組に分かれて工場で働きます。

・仕事はベルトコンベアーで流れてくる商品にちょこっと手を加える単純作業です。
 (ショートケーキに苺を乗せるくらいの作業だと思って下さい)

・仕事は1日8時間、一週間続けます。

・一週間経過後、二組に感想を聞きます。

・どちらの組も時給800円です。
 ただし、A組には時給が800円であることを伝えていますが、B組には500円と伝えています。 B組には感想を聞いた後に時給が800円であったことを公開し、正規の給料を支払います。



【実験結果】
・この実験後、被験者に対して「この仕事にやりがいを感じましたか?」と、質問しました。

・質問の結果、「YES」と答えた人数はB組が圧倒的に多いことがわかりました。




つまり、仕事量に対して対価の少ない方が「やりがい」を感じたということです。


では、B組の人達が感じた「やりがい」とは何だったのでしょうか?


B組の人達は自分の行った仕事量に対して対価が少なかったため、このままではモチベーションを維持できなかった。ここで、モチベーションを維持するために足りない分(時給+300円)を自然に「やりがい」という感覚で補っていたのです。



この実験から言えることは、『「やりがい」とは少ない給料に自分自身が納得するための「自己満足」だった』ということです。




これが「やりがい」という感覚の実態です。
決して喜ぶべき感覚ではありません。



今の仕事にやりがいを感じている方は要注意。

改めて仕事量と給料を見直してみる必要がありますよ。